EPISODE-1 誓い

「なんで遅れたの」 やってしまった。お客様をひとり、ずっとフェイシャルルームにお待たせしてしまった。前のお客様とのトリートメント後のお話が長引いてしまったのだ。 私はできる限り、お詫びした。頭を何度も、何度も、下げた。 「もう、いいわ。帰ります。」 言葉が丁寧な分、お客様のお怒りが胸を刺す。お客様がベッドから起き上がり、更衣室へ向かおうとされたとき 「でも、私、お客様のトリートメントさせていただきたいんです。お願いします、私にこのままやらせてください、お願いします。」

自分でもびっくりするくらいに大きな声で。自分でもびっくりするくらいの大粒の涙を流しながら。 お客様は黙って、ベッドに戻られた。 私は一所懸命に、トリートメントした。お怒りになって当たり前だ。お客様がお仕事と家事を両立されているお忙しい方だということは十分に承知していたはずなのに・・・。 店長と先輩がすぐさま駆けつけて、お詫びされている。私は頭を下げるしか術がなく、お客様のお帰りを見送った。店長から叱られ、励まされた。温かい言葉が辛いことを初めて知った。

一週間後。 店長が私を呼んだ。「あのお客様から予約が入りました。あなたを指名されましたので、よろしくね。」 「あんなに謝ってもらえるくらい真剣に私に接してくれる人だからあなた以外に(指名を)考えられないって。おっしゃってたわ」 私は、店長がお詫びのお手紙をお送りしていたのを知っている。 お客様が来店された。出迎える私は、感謝の気持ちを込めて、「ありがとうございます」とお礼を申しあげた・緊張のあまり、声がかすれていた。 ぽんっ。 お礼をしていた背中を、やさしく叩かれた。「よろしくね」の声に、がまんしていた涙腺が切れた。 その夜、母に電話した。泣きながら、母に誓った。 あの人のためにも、いいエステティシャンになるから。